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東京地方裁判所 昭和38年(レ)720号 判決 1965年8月07日

控訴人 桜井時夫

被控訴人 株式会社日本経済新聞社

右代表者代表取締役 萬直次

被控訴人 小口忠男

右両名訴訟代理人弁護士 土屋賢一

同 橋本和夫

同 光石士郎

右訴訟復代理人弁護士 河鰭誠貴

主文

本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、控訴審(差戻前を含む。)、上告審とも控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二  よって、被控訴人らの抗弁について審究する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、控訴人は、昭和二三年ごろ、佐藤新作に対し、期間の定めなく建物所有の目的で賃貸し、その土地の範囲については、漠然と第二京浜国道に向って左側五二坪と定めたこと、みぎの別紙図面中エ、ウの線から坪数で五二坪の土地の範囲は、本件土地を含む別紙図面中オ、カ、ウ、エ、オを直線で結んだ土地であること、佐藤新作所有の建物が、同図面中オ、カの線を越えて建築され、また、隣地の借地人中川が本件土地の一部を魚の空箱等の置場に使用していたこともあったが、それは、単に中川と佐藤新作間において自己の借地範囲を互いに便宜的に利用させていたにとどまり、これによって本件土地の一部が中川の借地となったものでないこと、および佐藤新作が昭和二九年には同図面中オ、カの線に塀をして自己の借地範囲を明確にし、さらに同年一二月一二日には控訴人、佐藤新作、中川らの間で本件土地を含む同図面中オ、カ、ウ、エ、オの部分を佐藤新作の借地と確認したこと、がそれぞれ認められ、≪証拠省略≫のうちみぎ認定に反する部分は採用できず、他にみぎ認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、みぎ認定の事実ならびに経過に徴し、佐藤が控訴人から賃借した土地は、別紙図面中オ、カ、ウ、ツ、タ、ス、オの各点を直線で結んだ土地ではなく、本件土地全部を含む同図面中オ、カ、ウ、エ、オの各点を直線で結んだ範囲の土地と認むべきである。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、佐藤新作は、本件土地の上に本件建物を建築し(この点は当事者間に争いがない。)販売会社が佐藤から本件建物を代金一五〇万円で買受け、それに伴いその敷地である本件土地を転借したこと、ならびに佐藤は、昭和二八年一〇月ごろ、本件建物を売却したい旨を「宮前不動産」名義で不動産仲介業を営んでいた金子清に依頼し、金子は、同年一一月三〇日ごろ建築士、土地家屋調査士野村五郎、同野村亮父子に、本件建物の所有名義を販売会社とする保存登記の申請手続を依頼したところ、野村五郎は、「家屋建築申告書並家屋所有権保存登記申請書」なる用紙に、カーボン紙を用いて本件建物の表示のほか、「申告者」らんに「東京都中央区日本橋茅場町二丁目十六番地日本経済新聞東京販売株式会社代表取締役江口久馬代表取締役郡司栄六みぎ代理人東京都品川区平塚町四丁目二二〇番地野村亮」と記入し、「土地所有者または管理人」のらんを空白にしたまま、土地所有者の承諾が必要だから土地所有者の押印をえてくるようにと言って、みぎ用紙を金子清に渡し金子清も早速同じ趣旨のことを述べてみぎ用紙を佐藤新作に渡したこと、佐藤新作は、そのころみぎ用紙を控訴人宅に持参し、控訴人に対し「この用紙に押印してもらいたい」旨頼んだが、控訴人は、よく考えて現場をみてから返答する旨答え、二、三日して本件建物を見物したうえ、「土地所有者または管理人」らんの下方に自己の印章で押印した前記用紙を佐藤新作宅へ持参したこと、佐藤新作は、金子清を通じてみぎ用紙を野村に返し、野村五郎は、集った資料に基づきみぎ用紙の「申告者」らんに江口久馬、郡司栄六の住所を、「申請の年月日」らんに日付の「五」をそれぞれ毛筆で記入し、さらに登記簿等を参照して「土地所有者または管理人」らんに控訴人の氏名と登記簿上の住所(ただし、登記簿上番地が二三五七とあるのを二三五一と誤記)をガラスペンで記入して登記所に提出し、登記所が「所在地番」「家屋番号」の各らんに枝番を記入し、みぎ用紙の記載ができあがったことがそれぞれ認められ、原審差戻前控訴審および当審における控訴人本人尋問の結果のうち、みぎ認定に反する部分は採用できず、他にみぎ認定を覆えすに足る証拠はない。

そして、かように土地の賃貸人が賃借人から賃貸地上の家屋について「家屋建築申告書並家屋所有権保存登記申請書」用紙中に申告者として借地人以外の者の記入されているものを示されたうえ、土地所有者としてこれに押印されたい旨の依頼に応じ、その末尾奥書証明らんに土地所有者名義の押印をなし、その用紙を賃借人に交付したときは、特段の事由なきかぎり、賃貸人は賃貸借の当事者でない第三者である申告者がそのときからその敷地を使用することについて、土地賃貸人として承諾する旨の意思表示を賃借人および同人を介してみぎ特定の第三者に対してなしたものと解するのが相当であり、本件においてみぎ特段の事由を認むる証拠はないから、前示認定事実に徴し控訴人は佐藤新作が販売会社に対し本件土地を転貸するにつき承諾したものというべきである。

被控訴人らは、本件建物の買受人はその名義人にもかかわらず被控訴人新聞社であると主張するが≪証拠省略≫によれば、被控訴人新聞社は、日本経済新聞を発行することを主たる目的とする会社であるが、各新聞社の新聞を共同して販売していた販売店が各紙で販売店をもついわゆる「単紙専売」になるのにともないその販売店を確保するため、また自己の資産の分散をはかり、自己および販売店の課税負担を軽くし、あわせて販売店の金融をはかるため、その販売店を法人化することを考え、昭和二八年七月二七日販売会社を設立したこと、みぎ販売会社は登記簿上は日本経済新聞の取次販売を主たる目的とし、資本金二〇〇万円、各販売店の店主を株主としたが、実質上は資本金は被控訴人新聞社が貸出し、事務員も二ないし三名程度のものでその給料も被控訴人新聞社が払っていたこと、本件建物の売買代金一五〇万円も被控訴人新聞社が払ったが、その売買についての登記手続等はすべて販売会社名義でもってなされたことおよび販売会社は、昭和三一年暮ごろ税務署から税金対策上設立されたことが指摘され、所期の設立目的を達することができなくなったので昭和三一年一二月三一日に解散したことが認められ、他にみぎ認定を左右するに足る証拠はないから、販売会社は被控訴人新聞社と実質上は同一体というべきであるが、しかしそれにもかかわらず法律関係の主体としては、被控訴人新聞社とは別個独立の法人格を有し、かつ、社員等小規模ながら営業の実体をもっており、販売会社名義で本件建物の買受手続が進んだ以上、本件建物の佐藤新作からの買受人は販売会社であると解するのが相当であり、さらにまた、被控訴人らは、佐藤新作が控訴人に対し、前示申請書の用紙を交付するに際し、被控訴人新聞社に本件建物を売却する旨を申し述べたと主張するけれども、これを認むるに足る証拠はない。したがって、被控訴人らのみぎ主張はいずれも採用することができない。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、昭和三一年一二月三一日販売会社の解散にともない、本件建物は販売会社から被控訴人新聞社に譲渡されその旨の登記がなされ(この点は当事者間に争いがない。)これとともに本件土地の転借権も被控訴人新聞社に譲渡されたことが認められ他にみぎ認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、被控訴人らは、仮りに本件建物の買受人は販売会社であって、被控訴人新聞社ではなく、したがって、被控訴人新聞社は、販売会社より転借権を譲受けたにすぎないとしても、みぎ転借権の譲渡について控訴人の黙示の承諾があったと認むべきであると主張するが、控訴人が「建築申告書並家屋所有権保存登記申請書」に押印したことをもって被控訴人新聞社に対する黙示の承諾とはみなしえないことは前示のとおりであり、また、≪証拠省略≫によれば、控訴人が昭和三一年一一月八日固定資産課税台帳により本件建物の所有者が被控訴人新聞社であることを知ったことおよび佐藤新作と控訴人間において本件土地を含めた土地につき東京地方裁判所で係争中、昭和三二年一〇月二九日調停が成立し、その際利害関係人として佐藤新作の借地を転借していた鈴木鉱蔵、沼尾喜一郎が参加したが、被控訴人新聞社は参加させなかったことがそれぞれ認められるが、他方≪証拠省略≫によれば、控訴人は、昭和二九年一二月一六日、佐藤新作に対し本件土地の無断転貸を理由として賃貸借契約を解除し訴訟にまで及んでいる事実が認められるから、この事実に照せば前記事実をもってもいまだ控訴人が販売会社から被控訴人新聞社へのみぎ転借権の譲渡につき黙示の承諾をしたものとは認むることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

しかしながら、元来、民法六一二条が賃貸人の承諾を得ないで賃借権の譲渡または賃借権の賃貸をした場合、賃貸人に解除権を認めているのは、そもそも賃貸借は信頼関係を基礎とするものであるから、賃借人にその信頼を裏切るような行為あったときは賃貸借の基礎は破壊され、もはや継続が困難であることをその理由とし、したがって、たとえ賃借人において賃貸人の承諾をえないで上記の行為をした場合であっても、賃借人のみぎ行為に賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときは、賃貸人は解除権を行使できず、したがって、また、賃借権の譲受人または転借人に対してもこれを主張することができないというべきであるからこの場合には賃貸人の承諾を要せず、賃貸人の承諾があった場合と同様に賃借権の譲受けをもって、または賃借権を援用して賃貸人に対抗することができると解すべきであり、転借権の譲渡についても転貸の場合に準じその理は同じであると解するを相当とする。

本件においてこれをみるに≪証拠省略≫によれば、販売会社は、前記のとおり実質上は被控訴人新聞社の一部ともいえる会社であり、本件建物の実質上の所有者は被控訴人新聞社であったこと、販売会社が設立された主要な目的であった税金対策がうまくゆかず税務署からの指摘により解散し、その営業財産もすべて実質上の所有者である被控訴人新聞社に譲り、そのため本件建物の所有権ならびに本件土地の転借権も被控訴人新聞社に譲渡されることになったが、これによって信用面におけるなんらの変動はなく、賃貸人としての控訴人の地位はなんら不利になったものでないこと、本件建物の使用状況したがって本件土地の使用状況についても、本件建物の買受け当時は、まだ被控訴人新聞社が単紙で販売するいわゆる「単紙専売」になっていなかったので、昭和二九年四月から昭和三〇年ごろまで管理人として被控訴人新聞社の社員菅野茂を居住させ使用していたが、同年五月から被控訴人新聞社の単紙専売となり、そのころから本件建物の買受目的である販売店として使用し、被控訴人小口忠男が、これを販売店として使用しはじめたが、みぎ使用状況は、昭和三一年一二月三一日本件建物の所有者が被控訴人新聞社に変った後もなんら変動がないことが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。そうだとするとみぎの認定事実は、前示転借権の譲渡には賃貸人たる控訴人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事由がある場合に相当するというべきであるから、被控訴人新聞社は賃借権を援用して控訴人に対抗できるといわなければならい。

三、控訴人小口忠男が被控訴人新聞社から本件建物を賃借していることは当事者に争いがなく、そして、前示のとおり、被控訴人新聞社が本件建物の敷地である本件土地を控訴人に対抗しうる正当権原に基いて占有しているものなる以上被控訴人に小口忠男もまた、適法に本件土地を占有しているものなることが明らかである。

四、そうすると、控訴人の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決の結論は結局相当である。よって本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八四条二項、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官 内藤正久 筧康正)

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